小学校3年生くらいの頃の経験です。
その頃、私は小さな子犬をもらって飼っていました。
一人っ子の私は、嬉しくて嬉しくて、学校に帰ると毎日のように子犬を散歩に連れ出しました。
ところがそんなある日、私が学校に行っている間に、子犬が首輪をはずして、いなくなってしまったんです。
悲しくて悲しくて、私は学校を終えると、毎日のように子犬を探し回りました。
ところが見当たりません。
1日過ぎ、2日過ぎ‥‥
大人たちは私に、多分、どこかで保護されて、そこの犬になっているよ、と言い、暗に諦めるよう促しました。
それでも子犬に会いたい一心の私は、3日目のある日、近所のお稲荷さまに涙ながらに願をかけたのです。
まさに、『困った時の神頼み』です。(そんな言葉は知りませんでしたが)
そのお稲荷さまは、近所の家の敷地にある、いわゆる屋敷神さまでした。
柵も何もないので、幼い頃から私は、近所の子とかくれんぼする度に、お稲荷様の背後に回って、うずくまっていたんです。バチ当たりですが、そこは私にとって格好の隠れ場所でした。(絶対に見つからなかったんですよ)
どんな願かけだったか、覚えていません。子どもだったので、たぶん、
「いい子になりますから、子犬が帰って来ますように」と、そんな感じでしょうか。
その日の夕方です。
夕焼けがうす闇に変わる頃、私は1人で茶の間でテレビを見ていました。
家には私1人。
すると、ガラッと玄関が開く音。
通院していた祖父が帰ってきたのかな、と、私は気にも止めませんでした。
ところが誰も入ってこない。
入ってこないどころか、玄関でささやくような女性の声がするのです。
何か、子どもに言い聞かせているような優しい声。
私はゆっくりと玄関を見ました。
そしたら、玄関の戸がわずかに開いていて、子犬が三和土にちょこんと座っているではありませんか。
「ああっ!」
私は子犬に駆け寄りました。
「おまえ、どこに行ってたの?!」
戸を開けて、外を見回しましたが、夕闇が深くなるばかり。一本道なのに、人の姿はありません。
近所の人が見つけて、連れてきてくれたかもしれない‥‥でも、それなら、ひと声かけて行くはず。
ご近所は気やすい人ばかりです。そんな、黙って子犬だけ置いて行く人など、(ましてや女性)想像つきません。
翌日、ご近所のおばさん達に会うたび、子犬のことを話しましたが、自分が連れてきてあげた、という人には、ついぞ出会いませんでした。
子犬は誰が連れて来てくれたのでしようか?
可哀想に思ったお稲荷さまが、願いをききとどけてくれたのでしようか?